The Man Who Fell From The Wrong Side Of The Sky:最新 5 日分

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2017/3/19(Sun)

[映画] クー嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件

先日「Ziggy Stardust: The Motion Picture」観に行った時に上映前の予告編で「 クー嶺街少年殺人事件」が流れたんですが、数分間のトレイラー観ただけで「この映画は観ないと後悔する」と直感したので行ってきたですよ。

あまりに予告編が凄かったので twitter で面白そうだったと書いたら artonさんから「超傑作」とのお墨付きを貰ったのもありまして、ありがとうございます。

まず予告編で惹かれたのはその映像美なのですが、これはほんと劇場で観るべきですね。4時間という長編ですがあっという間の体験でした。 ストーリーだけだとただの「人が死ぬビーバップハイスクール」とか「実録関〇連合殺人事件」みたいな話で、なんの救いも無い話であまり魅力が伝わらないのですが。

ああ若さそしてその危うさってこうだったよなぁと、ワイの通ってたクッソ荒れたで暴力沙汰がチャメシ・インシデントの中学校にいた無邪気さと残忍さの同居したクソガキの日々をまざまざと思い出しました。

@ 闇と光の交錯

主人公が闇を照らす懐中電灯を手に入れ、そしてそれを自ら手放す決心に至るまでの物語(ネタバレ回避)で、とても後味の悪い映画なのですが、とにかく明と暗の対比が素晴らしいです。

日本の配給会社がキャッチコピーやらポスターやら、元の映画のイメージを改悪して作品を貶めてしまう現象がよく取り沙汰されてて、こんな 記事にもなってたりするんですが「この世界は僕が照らしてみせる。」というキャッチコピーはわりと映画の本質を突いてていいコピーだと思います。

特に闇から光の中へ、バスケットボールが転がり落ちるシーンはちょっと鳥肌モノでしたね。

@ 明るい未来の象徴としてのアメリカ文化への憧憬、日帝支配の残滓と冷戦の暗い影

主人公の住む家は、日帝による支配が終わり日本人が去った日本式家屋に大陸から追われた外省人が大家族で住んでいるという、台湾という国家の暗喩そのものです。

狭い家のパーソナルスペースとして、男兄弟が押し入れの上下を二段ベッド代わりに使ってたりするシーンは、最近の少子化世代の若者にはピンとこないかもしれませんが 第二次ベビーブーマーあたりのオッサン世代には共感する所も多いのでは。

明るい未来の象徴としてのプレスリーなんかのアメリカ文化、そして暗い暴力の象徴として日本人が残していった軍刀や守刀というのも象徴的です。

@ Femme Fatale(ファム・ファタール)

登場人物どれも一癖あって印象的なのですが、ヒロインの「ファム・ファタール(男を破滅させる魔性の女)」っぷりとその存在感が半端ないです。 監督のフェティッシュな撮影もあってそら関わる男みんな狂うよねという説得力があります、日本人的にはそれほど美人と感じる系では無いんですけどねー足とか虫刺され跡いっぱいだし(4kリマスタの威力)。

@ おわりに

エドワード・ヤン監督が亡くなった後権利関係がアレで25年もの間まぼろしの映画だったそうですが、4kリマスタで劇場でこの作品を観れた事は幸運でしたね。 興味を持たれた方は劇場へどうぞ、なお4時間途中休憩なしなのでお尻に優しい劇場を選んでどうぞ。


2017/3/12(Sun)

[音楽] Where Are We Now?/David Bowie (その2)

前回の続き、今回はちょっと「Where Are We Now?」の歌詞の解釈から離れて、アルバム「 The Next Day(2013)」の特異性について書いてみます。

このアルバムは10年ぶりのリリースでしたが、完成度の高さからなんと30年ぶり(!)にチャートのトップへと帰還します。 心臓発作による死亡説まで流れもはや過去の人扱いだったボウイですが、ところがどっこい現役バリバリだったわけです。

まずアルバムジャケットからして過去作品の「 "Heroes"」のパロディであることは自明です。

David Bowie - The Next Day.png
By Source, Fair use, Link

The album cover features a black and white photograph of Bowie's face with his hands held up
By Source, Fair use, Link

@ 「Beauty And The Beast」→ 「The Next Day」?

そして表題曲である「The Next Day」も同アルバムの1曲目「Beauty And The Beast」と曲調がそっくりです。 曲のテンポもBPM 122で完全一致しますのでこれは意図的なものでしょう。

まるで10年ぶりの復活を宣言するかのように高らかに「俺はここにいる、そう簡単には死なないぞ」とサビで歌い上げるのですが、なぜかそれに続く歌詞は ビリー・ホリディ「奇妙な果実」を思わせる木の枝で絞首刑に処せられる男の話になります。

首吊りイメージというと日本では発売になってないのですが「 I'm Afraid Of Americans(1997)」のジャケットになった自筆イラストを思い起こさせます。

Bowie I'mAfraidofAmericans.jpg
By Source, Fair use, Link

だいたいボウイが自分自身の作品をセルフパロディするのは 過去記事にも書いたのですが「トム大佐は臆病者のジャンキー」と言い放った時のようにわりと煮詰まってるか精神的にヤバい時です。

しかし90年代に入ってからは芸人の持ちネタ安売りのように頻繁にやっており

とわりと食傷気味な事もあってあまり注目されることはなかったかと思います。しかしここまで気合入ってセルフパロディをやった/やらなければならなかった理由が何かあるはずです。

ちなみにちょうど天王洲アイルの寺田倉庫 *1でやってる「David Bowie Is〜デヴィッド・ボウイ大回顧展」に足を運ばれた方なら目にされたかと思いますが、他の過去作品である 「 Pin Ups(1973)」や「 Diamond Dog(1974)」のアートワークによるジャケット試作案が複数存在します。

つまり「The Next Day」というアルバムは最初からセルフパロディが目的だったわけです。 後日発売されたアルバムから漏れた曲を収録した「 The Next Day Extra」には「Atomica」というグラムロック調の曲があります。

もしアルバムジャケットが「"Heroes"」でなく「Diamond Dog」のパロディに決まっていたら、こっちが1曲目になっていたかもしれません。

@ 「Rock 'n' Roll Suicide + Five Years」→「You Feel So Lonely You Could Die」?

さらにアルバム最後から2曲目「You Feel So Lonely You Could Die」はさらに問題作です。

この曲はボウイの代表作である「 The Rise And Fall Of Ziggy Stardust And The Spiders From Mars(1972)」の最後を飾る「Rock 'n' Roll Suicide(ロックンロールの自殺者)」とよく似た6/8拍子の曲です。

そして曲のエンディングのドラムは同アルバムのオープニングを飾った「Five Years」とほぼ同じです。

つまりこの曲はアルバム「Ziggy Stardust」をそのまんま裏返しにした構造になっているという事です。

また歌詞もヤバいです(語彙力)、パロディ元の「ロックンロールの自殺者」では

いいや違う、愛する人よ
君は決して独りなんかじゃない
君が誰であるかとか、そしてどんな人間なのかなんて大したことじゃない
君が何時何処にいて何を目にしたかも
それら全てがナイフみたいに頭の中を切り刻むんだろ?
僕もかつてはそんな苦しみを感じていた、僕は君の痛みの助けになれる
君は独りじゃないんだ

僕と一緒に目を覚まそう、君は独りじゃないんだ
さあ手を差し伸べてくれ、君は素晴らしい

と歌い、この曲を聴いて自傷を思いとどまった人間がどれだけ世界に存在するかというとギネスブック級なんじゃないですかね(まぁ数えられませんが) *2

ところが「You Feel So Lonely〜」では

「壁」に君が追い詰められてからというものの
友よ、君は塞ぎこんで憂鬱になったよね
そして人々は君のこと嫌うようになった
でも君はそのことに決着をつけようともせず、ただ静かにその場から姿を消してしまった

君は忘れていたいんだろう?
そして独りで死んでしまえばいいだけだと思ってるんだろう?

僕は君が孤独を感じそのまま死んでくれと願うよ
君は死ねたのに
君は死ねたのに

と正反対です、なおあまりのショックにそこいらの和訳サイトでは「君の為なら死ねる」的な誤訳する人間が続出して草不可避。

そして歌詞には「壁」が登場します、「Where Are We Now?」の歌詞を踏まえると「ベルリンの壁」が関係しそうです。

@ Nothing Has Changed

若干余談になりますが、この「裏返し」というコンセプトは、翌年に発表されたベスト盤「 Nothing Has Changed(2014)」にも受け継がれます。

ふつうベスト盤っていうとデビューから最新作までを時系列的に並べる編集が多く、ボウイ自身がこれまで発表したベスト盤も例外なくそうでした。 ところがこのアルバムだけは発表の時系列を逆に辿っているんですよな。

発表当初はシングルカットされた新曲「Sue (Or in a Season of Crime)」を1曲目にしたかったのと、時系列的に並べると これまでベスト盤に入ることの無かったいわば黒歴史扱いのデラム・レコード時代の数曲が浮いてしまうという理由だと思ったのですが *3どうもそれだけではないのかなと。

過去記事で「No Plan」はボウイの最後の曲を実質的なデビュー曲である「Space Oddity」と繋げループさせる構造だと書きましたが、「The Next Day」と「Nothing Has Changed」いうアルバムは、ループよりむしろ「過去に引き摺り戻す」「スタート地点に引き返す」という構造になっているといえます。

「Nothing Has Changed」というタイトルについて、ボウイの代表曲である「Changes」で宣言した「自分自身のスタイルを変え続ける」という歌詞とあわせ 「変化し続けたデヴィッド・ボウイ、でも全部デヴィッド・ボウイという一人の男だったんだぜ」と解釈したのですが、もう一つ意味があったわけです。

そう「何も変わらなかった(変えられなかった)」という無力感と後悔の念です。

@ 次回

「You Feel So Lonely〜」で再び登場した「壁」、そして1987年のグラススパイダーツアーでベルリンの壁の前で"Heroes"を演奏してからの ドイツの激動の歴史と、その間のボウイのキャリアについて書きます。


*1:ビットアイル?知らないなぁ(記憶喪失)
*2:ボウイ展の最後の疑似ライブスペースでこの曲流れた時、泣いてるオッサンオバサン大勢いましたね...
*3:実際にBBCセッション集である「Bowie At The Beeb」のディスク1がそんな感じで浮きまくってましたね...


2017/1/31(Tue)

[音楽] Where Are We Now?/David Bowie (その1)

前作「 Reality」のワールドツアー中の2004年に心臓発作に見舞われその後のスケジュールを全てキャンセルし、それから10年近くに渡って沈黙を続けたデヴィッド・ボウイですが、2013年に突然に前情報もなく新作「 The Next Day」を発表しシーンに復帰します。

ジャケットは鋤田正義氏撮影による過去作品「 Heroes(英雄夢語り)」のものを顔部分を白く塗りつぶし「The Next Day」とだけ入れた悪く言えば手抜きのようなデザインに拍子抜けし、それでもカムバックに喜んだ方も多かった事でしょう。

このアルバムからの最初のシングルは「Where Are We Now?」でした。この曲はボウイが1976年からベルリンで薬物依存の治療を兼ねての隠遁生活をしてた時代の思い出話と一般的には解釈されています。

@ ポツダム広場駅

どうやって電車に乗るんだっけ
ポツダム広場駅からは
君は知らなかっただろうけど
僕だって昔は電車くらい乗れたのだけど
まるで生きる屍みたいだった

80年代に京都に長期滞在していた頃のボウイが阪急電車で移動している写真があります。

デビッド・ボウイ
David Bowie (1947-2016) pic.twitter.com/o1Qo4M1SnT

— history image (@historyimg) January 11, 2016

この写真のように一人でふらっと電車に乗るような経験をベルリンでも体験したのでしょうか。

コカイン中毒から更生しニューヨークに戻った彼は、カルトスターから脱皮を図り音楽のみならず映画出演などで80年代を代表するスーパースターへと変貌します。 90年代に入ってから再婚して生まれた娘さんにとっては、父が一人で電車に乗る姿なんて想像もつかない事でしょう。 昔の写真を見せながら「僕だって電車くらい乗れるんだって」と昔話でもしたのでしょうか。

しかしこの歌詞がボウイ本人の回想だと考えるには、ひとつの大きな矛盾があります。 ポツダム広場駅は彼がベルリンに住んでいた頃には東西ドイツ分断による影響で 幽霊駅と呼ばれる廃駅であり、東西分断の象徴だったのです。

ですのでこの1番の歌詞で過去を回想している人物は、少なくとも1961年のベルリンの壁建設による東西分断より前の時代の人間でボウイ本人ではありえないのです。

@ ニュルンベルク通りのクラブ

ジャングルという名のクラブに入り浸ってた
ニュルンベルク通りだったかな
僕は過ぎ行く時間を無駄に過ごした
ヴェスデンデパート(KaDeWe)の近くで
本当に生きる屍みたいだった

2番の歌詞は70年代、ボウイそして彼とベルリンで共同生活を送っていたイギー・ポップが入り浸ってた Dschungelというディスコクラブの話ですので、ここだけは彼のベルリン時代の回想というのは正しいでしょう。

このベルリン時代にボウイはいわゆる「ベルリン三部作」と呼ばれる傑作を残しますが、その中でも代表作となるのはベルリンの壁にインスパイアされた"Heroes"でしょう。

忘れられない出来事
あの東西を分かつベルリンの壁の前に立っていたら
警備兵が僕らの頭上に銃弾を撃ち込んできた

それでも僕らは屈せずキスをした
だってそんな脅しは何の意味も無いから
恥ずべき者達は壁の向こう側にいる

僕らは奴らを打ち倒すことができる、永遠に
僕らは英雄になれる
それはわずかに一日だけだろうとも

と歌うこの曲は、これまでの「Space Oddity」や「Ziggy Stardust」と並ぶかそれを超える彼のマスターピースとなっています。

@ ボルンホルマー通りの橋

2万人もの民衆が
ボルンホルマー通りの橋を渡る
指を十字に切って運を天に任せて
万が一の事を考えておまじない
死ぬほど歩いた

そして3番の歌詞は1989年のベルリンの壁崩壊により、自由を求めて国境に架かる橋へ押し寄せた人々を唄っています。

Bundesarchiv Bild 183-1989-1118-018, Berlin, Grenzübergang Bornholmer Straße

この壁崩壊の2年前、ボウイはアルバム「 Never Let Me Down」を発表し Glass Spider Tourと銘打ったワールドツアーの中で、ベルリンの壁の「恥ずべき向こう側」へスピーカーを向け前述の「Heroes」を演奏しています。

このライブは音楽が圧政に喘ぐ人々に力を与え全体主義を打ち倒す力となったひとつの出来事として記憶され、NHK「 新・映像の世紀」でも1話を割いて取り上げられました。

@ 僕らは今何処にいるのか?

僕らは今どこにいるんだろう?
僕らは今どこにいるんだろう?
貴方が記憶する、その瞬間、あの瞬間

太陽が昇る限り
雨が降る限り
炎が立ち昇る限り
僕が生きている限り
貴方が傍にいてくれる限り

お判りでしょうか、曲のタイトルの「Where Are We Now?」の Whereというのは場所ではなく

のいずれの時代に今僕らはいるのだろう?という疑問なんですな。

ふつーに考えればアルバムの発表された2013年はもはや壁の存在すら忘れられ、統一ドイツどころかヨーロッパ連合の時代ですので 「僕らは今どこの時代にいるんだろう?」なんて疑問を持つはずはないのですが、ボウイにとってはそうじゃなかったわけです。

@ 次回

ボウイが「今自分がいる時代はどこなのか?」を見失った理由、そしてアルバムのタイトルとなった「The Next Day」とは何を基準にしての「翌日」なのか、それを考察します。


2017/1/30(Mon)

[音楽] Ziggy Stardust: The Motion Picture/David Bowie

先日の記事でもちょっと触れたのですが、 Ziggy Stardust: The Motion Picture 再上映に行ってきました。

場所は前回もお邪魔した 横浜シネマリン、ボウイウォールも健在。

内容についてはファンならすでに114514回くらい視聴済みでしょうし、人によっては 俺はぜったいプレスリーの幻聴が聴こえてくる重症患者もいるでしょうから説明しません。

しかし「すべての若き野郎ども(All The Young Dude)」が流れる館内にいるのが50歳前後のオッサンばっかりなのは愕然としましたね...

最近の若者は草食系なのか「すべての若き『野草』ども」じゃないとダメなんですかね...

余談ですが長らく入手困難であった「地球に落ちて来た男」原作本がめでたく二見書房より 復刊しました、いいから買え。


2017/1/13(Fri)

[音楽] Tycho Japan Tour 2017 Tokyo

行ってきたよ。

2015年の渋谷O-EAST以来のTychoのライブ参戦なんですが今回も素晴らしかったです(語彙力ゼロ)。

前回のアルバム「Awake」からのバンドサウンドが新作「Epoch」でより昇華し2017年のグラミー賞ノミネートも納得のサウンドでございます、ということでCD買え。


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