The Man Who Fell From The Wrong Side Of The Sky:2017年1月31日分

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2017/1/31(Tue)

[音楽] Where Are We Now?/David Bowie (その1)

前作「 Reality」のワールドツアー中の2004年に心臓発作に見舞われその後のスケジュールを全てキャンセルし、それから10年近くに渡って沈黙を続けたデヴィッド・ボウイですが、2013年に突然に前情報もなく新作「 The Next Day」を発表しシーンに復帰します。

ジャケットは鋤田正義氏撮影による過去作品「 Heroes(英雄夢語り)」のものを顔部分を白く塗りつぶし「The Next Day」とだけ入れた悪く言えば手抜きのようなデザインに拍子抜けし、それでもカムバックに喜んだ方も多かった事でしょう。

このアルバムからの最初のシングルは「Where Are We Now?」でした。この曲はボウイが1976年からベルリンで薬物依存の治療を兼ねての隠遁生活をしてた時代の思い出話と一般的には解釈されています。

@ ポツダム広場駅

どうやって電車に乗るんだっけ
ポツダム広場駅からは
君は知らなかっただろうけど
僕だって昔は電車くらい乗れたのだけど
まるで生きる屍みたいだった

80年代に京都に長期滞在していた頃のボウイが阪急電車で移動している写真があります。

デビッド・ボウイ
David Bowie (1947-2016) pic.twitter.com/o1Qo4M1SnT

— history image (@historyimg) January 11, 2016

この写真のように一人でふらっと電車に乗るような経験をベルリンでも体験したのでしょうか。

コカイン中毒から更生しニューヨークに戻った彼は、カルトスターから脱皮を図り音楽のみならず映画出演などで80年代を代表するスーパースターへと変貌します。 90年代に入ってから再婚して生まれた娘さんにとっては、父が一人で電車に乗る姿なんて想像もつかない事でしょう。 昔の写真を見せながら「僕だって電車くらい乗れるんだって」と昔話でもしたのでしょうか。

しかしこの歌詞がボウイ本人の回想だと考えるには、ひとつの大きな矛盾があります。 ポツダム広場駅は彼がベルリンに住んでいた頃には東西ドイツ分断による影響で 幽霊駅と呼ばれる廃駅であり、東西分断の象徴だったのです。

ですのでこの1番の歌詞で過去を回想している人物は、少なくとも1961年のベルリンの壁建設による東西分断より前の時代の人間でボウイ本人ではありえないのです。

@ ニュルンベルク通りのクラブ

ジャングルという名のクラブに入り浸ってた
ニュルンベルク通りだったかな
僕は過ぎ行く時間を無駄に過ごした
ヴェスデンデパート(KaDeWe)の近くで
本当に生きる屍みたいだった

2番の歌詞は70年代、ボウイそして彼とベルリンで共同生活を送っていたイギー・ポップが入り浸ってた Dschungelというディスコクラブの話ですので、ここだけは彼のベルリン時代の回想というのは正しいでしょう。

このベルリン時代にボウイはいわゆる「ベルリン三部作」と呼ばれる傑作を残しますが、その中でも代表作となるのはベルリンの壁にインスパイアされた"Heroes"でしょう。

忘れられない出来事
あの東西を分かつベルリンの壁の前に立っていたら
警備兵が僕らの頭上に銃弾を撃ち込んできた

それでも僕らは屈せずキスをした
だってそんな脅しは何の意味も無いから
恥ずべき者達は壁の向こう側にいる

僕らは奴らを打ち倒すことができる、永遠に
僕らは英雄になれる
それはわずかに一日だけだろうとも

と歌うこの曲は、これまでの「Space Oddity」や「Ziggy Stardust」と並ぶかそれを超える彼のマスターピースとなっています。

@ ボルンホルマー通りの橋

2万人もの民衆が
ボルンホルマー通りの橋を渡る
指を十字に切って運を天に任せて
万が一の事を考えておまじない
死ぬほど歩いた

そして3番の歌詞は1989年のベルリンの壁崩壊により、自由を求めて国境に架かる橋へ押し寄せた人々を唄っています。

Bundesarchiv Bild 183-1989-1118-018, Berlin, Grenzübergang Bornholmer Straße

この壁崩壊の2年前、ボウイはアルバム「 Never Let Me Down」を発表し Glass Spider Tourと銘打ったワールドツアーの中で、ベルリンの壁の「恥ずべき向こう側」へスピーカーを向け前述の「Heroes」を演奏しています。

このライブは音楽が圧政に喘ぐ人々に力を与え全体主義を打ち倒す力となったひとつの出来事として記憶され、NHK「 新・映像の世紀」でも1話を割いて取り上げられました。

@ 僕らは今何処にいるのか?

僕らは今どこにいるんだろう?
僕らは今どこにいるんだろう?
貴方が記憶する、その瞬間、あの瞬間

太陽が昇る限り
雨が降る限り
炎が立ち昇る限り
僕が生きている限り
貴方が傍にいてくれる限り

お判りでしょうか、曲のタイトルの「Where Are We Now?」の Whereというのは場所ではなく

のいずれの時代に今僕らはいるのだろう?という疑問なんですな。

ふつーに考えればアルバムの発表された2013年はもはや壁の存在すら忘れられ、統一ドイツどころかヨーロッパ連合の時代ですので 「僕らは今どこの時代にいるんだろう?」なんて疑問を持つはずはないのですが、ボウイにとってはそうじゃなかったわけです。

@ 次回

ボウイが「今自分がいる時代はどこなのか?」を見失った理由、そしてアルバムのタイトルとなった「The Next Day」とは何を基準にしての「翌日」なのか、それを考察します。


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